サイズが不揃い。
傷がある。
まとまった量が獲れない。
名前が知られていない。
加工しづらい。
味には問題がなくても、こうした理由から市場で十分な価格がつかず、流通しにくい魚があります。
いわゆる「未利用魚」です。
福岡市に本社を置く株式会社ベンナーズは、全国の産地からこうした魚を仕入れ、家庭で簡単に食べられるミールパックへ加工。2021年3月、お魚のサブスクリプションサービス「フィシュル!」をスタートしました。
2026年10月現在、累計250トン、約200種類の未利用魚を活用し、累計ユーザー数が76,000人へ商品を届ける規模へ成長しています。
しかし、この事業は最初から「未利用魚のサブスク」として始まったわけではありません。
既存事業の売上がコロナ禍で9割減少。
漁師へ一軒ずつ声をかけ、自ら車で魚を仕入れ、約400万円のクラウドファンディングで最低限の加工設備を整えるところから始まりました。
株式会社ベンナーズ代表取締役の井口剛志氏に、未利用魚を「地域の課題」から「消費者が欲しい商品」へ変えてきた過程と、水産業のこれからについて聞きました。
今回お話を伺った方

株式会社ベンナーズ
代表取締役 井口 剛志 氏
1994年:福岡県に生まれる。祖父母が水産業(水産加工業)を営む環境で育ち、幼い頃から魚や水産業を身近に感じながら育つ。
2010年:15歳で単身渡米し、アメリカの高校に進学。
2017年:米国のボストン大学(Boston University)を卒業。
2018年4月:日本の水産業が抱える課題(フードロスや漁業者の減少など)を解決したいという強い思いから、株式会社ベンナーズを設立し、代表取締役に就任。
売上9割減。外食向け事業から家庭向けへ方向転換
――フィシュル!につながる事業は、どのように始まったのでしょうか?
ベンナーズの事業が始まったのは2018年4月です。
当初取り組んでいたのは、現在のフィシュル!とは異なるBtoBの水産流通事業でした。
インターネットを使って水産事業者と飲食店などをつなぎ、外食産業向けに魚を流通させる仕組みをつくっていました。
ところが2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって外食産業が大きな影響を受けます。
ベンナーズの既存事業も例外ではなく、売上は約9割減少しました。
ここで考えたのが、
「外食ではなく、家庭へ魚を届けられないか」
という方向転換でした。
魚を獲る漁業者がいる。
一方で、自宅で魚をおいしく食べたい消費者もいる。
その間にある流通や加工を変えれば、新しい需要をつくれるのではないか。
この発想が、後の「フィシュル!」につながっていきます。
「こんな魚を買ってどうするの?」漁師へのドアノックから始まった

――未利用魚を仕入れる産地とは、どのように関係をつくったのでしょうか?
最初から全国の漁港とのネットワークがあったわけではありません。
漁業者へ直接連絡する。
現地を訪れる。
自ら車を走らせて魚を仕入れる。
そうした地道な動きから始まりました。
そこで返ってきたのが、
「こんな魚を買って、どうするの?」
という反応でした。
未利用魚とは、「食べられない魚」という意味ではありません。
例えば、
サイズが揃わない。
水揚げ量が少ない。
傷がある。
見た目がよくない。
毒針などがあり加工しづらい。
食べられる部分が少ない。
といった理由によって、通常の流通では価格がつきにくい魚があります。
フィシュル!で扱われているアイゴ、イラ、マトウダイ、コショウダイ、ニザダイなどにも、それぞれ市場で流通しにくい理由があります。
地域によっては、漁師自身が食べている魚もあります。
つまり、
「価値がない魚」なのではなく、「今の流通では価値をつけにくい魚」
なのです。
ここにベンナーズは目を向けました。
未利用魚だから売れるのではない。「おいしい」が大前提
――社会課題の解決だけでは、商品として続かないのではないでしょうか?
未利用魚を使っているだけでは、消費者は継続して購入してくれません。
フィシュル!が重視したのは、
「未利用魚だから買ってください」ではなく、「おいしいからまた食べたい」と思ってもらうこと。
でした。
魚をそのまま消費者へ送れば、別の問題が生まれます。
魚をさばくのが面倒。
生ごみの処理が大変。
料理方法が分からない。
魚料理のレパートリーが少ない。
そこでフィシュル!では、魚を下処理し、魚種に合わせて味付け。
冷凍したミールパックとして家庭へ届けています。
生食用なら解凍してそのまま、加熱用でも簡単な調理で食べられる状態です。
魚が水揚げされた日のうちに加工し、-30℃で瞬間凍結することで鮮度を保つ仕組みも採用されています。
和風だけではありません。
ユッケ。
ハーブオイル。
ジェノバソース。
ヤンニョム。
中華風。
西京味噌。
など、さまざまな味付けがあります。
つまり、
「余っている魚をどう売るか」ではなく、「消費者がどうすれば魚を食べたくなるか」から商品をつくる。
未利用魚という供給側の課題と、「魚は食べたいけれど調理が面倒」という需要側の課題を、一つの商品でつないでいます。



約400万円のクラウドファンディングから、自社工場をつくった
――商品を実際に販売できる体制は、どうやってつくったのでしょうか?
水産物を事業として販売するには、魚を仕入れるだけでは成立しません。
さばく。
骨を取る。
味付けする。
冷凍する。
保管する。
出荷する。
という加工・物流の仕組みが必要です。
しかし、事業開始時から大規模な工場を持っていたわけではありません。
最初のクラウドファンディングで集めた資金は約400万円。
その資金をもとに、必要最低限の設備を備えた自社工場をつくりました。
そして地元メディアなどにも取り上げられながら、最初の顧客を獲得。
最初の1年間で、およそ1,000人まで利用者を広げていきました。
小さな設備から事業を始め、商品の販売状況を見ながら魚の仕入れや加工、配送の体制を少しずつ整えていきました。
顧客の反応を確認し、その都度改善を重ねることで、無理に規模を広げるのではなく、
需要に合わせて事業を成長させていったのです。
約250トン・200種類・76,000人。未利用魚に「需要」をつくる

――現在はどの程度の規模になっていますか?
2026年現在、フィシュル!では累計約250トンの未利用魚を活用してきました。
取り扱った魚種は約200種類。
産地も北海道から鹿児島まで広がり、取材時点では12の産地と連携しています。
累計では約76,000人へ商品を届け、自社工場では多い日には1日約2トンの魚を処理します。
さらにフィシュル!では、定期便という仕組みを採用しています。
これは消費者にとって便利なだけではありません。
毎月ある程度の需要を予測できれば、
「来月、どの程度の魚が必要になるか」
を仕入れ側にも伝えやすくなります。
発注量を予測できる定期便によって、漁業者や仲卸などのパートナーも含めて持続可能な関係をつくることを目指しています。
つまりフィシュル!は、
余った魚をあとから処理する仕組みではなく、先に需要をつくることで、これまで値段がつかなかった魚を流通へ乗せる仕組み
とも言えます。
消費者・漁業者・事業者。「三方良し」でなければ続かない
――未利用魚活用を事業として続けるうえで、大切にしていることは何でしょうか?
ベンナーズが掲げる考え方の一つが、
「作り手よし、食べる人よし、そして社会よし」
です。
フィシュル!に置き換えると、三者それぞれに価値が必要です。
消費者には、
おいしい。
手軽。
普段食べない魚と出会える。
という価値がある。
漁業者には、
これまで価格がつきにくかった魚にも取引機会が生まれる。
自社にとっては、
継続して利益を出せる事業になる。
どれか一方向の利益だけでは長く続きません。
例えば「環境にいいから」という理由だけで、消費者に高い商品を買い続けてもらうのは難しい。
反対に、消費者へ安く提供し続けるために漁業者から極端に安く仕入れれば、産地が持続しません。
だからこそ、
社会課題を解決する商品であっても、普通の商品として選ばれる価値をつくる。
この考え方が事業の中心にあります。
日本でつくった仕組みを、インドネシアへ

事業の次の舞台は海外です。
――今後、未利用魚活用の仕組みをどのように広げていきたいですか?
ベンナーズは、日本国内で培った水産加工や商品開発のノウハウを海外へ展開し始めています。
2026年には、オリエンタルコンサルタンツグローバルと共同で提案したプロジェクトが、経済産業省の「グローバルサウス未来志向型共創等事業費補助金」に採択されました。
対象はインドネシア・南スラウェシ州です。
インドネシアは世界有数の水産国である一方、離島地域では製氷、冷凍・冷蔵、加工、物流などの環境が十分ではない地域もあります。
そこで、
漁業者への鮮度管理・品質管理。
加工→冷凍→流通。
までをつなぎ、日本で培った未利用水産資源の高付加価値化モデルを現地に応用できるか検証します。
ベンナーズにとって、国内で構築してきた未利用魚の価値化モデルを海外へ展開する最初のプロジェクトです。
さらに日本で製造した商品についても、マレーシアやカナダへの輸出を開始。
国内の未利用魚を海外で販売するだけではなく、海外の水産資源そのものを現地で価値化する段階へ進もうとしています。
地域資源活用で先に考えるべきは「何を作るか」ではない
――地域資源を活用した新しい事業を考えている自治体や企業へ、伝えたいことはありますか?
地域には、まだ十分に活かされていない資源が数多くあります。
農産物。
水産物。
森林。
空き家。
観光資源。
伝統技術。
ただし、
「余っているから商品にしよう」
だけでは、事業として続かない可能性があります。
フィシュル!も、
「未利用魚が大量にあるから、それを何とか売る」
という発想だけで現在の形になったわけではありません。
魚を食べたい。
でも、さばくのは面倒。
料理方法も分からない。
という消費者側の課題を見つけ、
「それなら、すぐ食べられる魚料理にして届けよう」
と商品を設計しました。
供給側からスタートするのではなく、
誰に届けるのか。
その人は何に困っているのか。
どんな状態なら買ってくれるのか。
から逆算する。
そうすれば、これまで「余っていたもの」「価値がないと思われていたもの」に、新しい市場をつくれる可能性があります。
そして、この考え方は魚だけに限りません。
地域資源活用で本当に必要なのは、
「あるものをどう売るか」ではなく、「欲しいものへどう変えるか」。
未利用魚約250トンを商品へ変えてきたフィシュル!の歩みは、地域に眠る資源から新しい産業をつくるうえでも、一つのヒントになりそうです。

企業プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 企業名 | 株式会社ベンナーズ |
| 所在地 | 福岡県福岡市東区香椎浜ふ頭2丁目3−1 羽野水産福岡香椎冷蔵庫5F |
| 代表者 | 代表取締役 井口 剛志 |
| 事業内容 | お魚ごはんの定期便「フィシュル!」、水産卸売、外食事業 |
| 取り組み開始時期 | 2018年〜現在 |
| WEBサイト | https://fishlle.com/ |


