外国人宿泊客から、夜中に英語でメッセージが届く。
「駅からどう行けばいい?」
「チェックインが23時を過ぎても大丈夫?」
「荷物を先に預けられる?」
「温泉にはタトゥーがあっても入れる?」
「近くにベジタリアン対応の飲食店はある?」
一つひとつは、それほど難しい質問ではありません。
しかし旅館やホテルでは、こうした似た質問が何度も繰り返されます。
外国語の場合、
質問を読む。
翻訳する。
回答内容を確認する。
外国語の文章を作る。
返信する。
という作業まで必要になります。
2026年8月の外国人延べ宿泊者数は1,264万人泊。外国人宿泊客への対応は、一部の都市部のホテルだけの問題ではなくなっています。
一方で、生成AIの活用方法を「外国語を翻訳するもの」とだけ考えるのは少しもったいありません。
旅館・ホテルで生成AIを活用するときに考えたいのは、
「外国語対応をどう早くするか」ではなく、「スタッフが毎回答えなくてもいい質問は何か」
を見極め、業務効率化を図るという視点です。
生成AIによって変えられるのは、翻訳そのものではなく、外国人宿泊客への案内業務の設計なのです。
生成AIを「翻訳機」ではなく24時間の一次受付にする
外国人対応で意外と時間を使っているのが、繰り返し発生する定型的な問い合わせです。
- チェックイン時間
- 駐車場
- 送迎
- Wi-Fi
- 朝食
- 大浴場
- 荷物預かり
- キャンセル
- アクセス
これらはスタッフの経験が必要な接客というより、施設として回答が決まっている情報です。
そこで、
施設のFAQ。
館内案内。
アクセス情報。
宿泊ルール。
温泉の利用方法。
周辺情報。
などを整理し、生成AIが参照できる状態にします。
宿泊客が英語で質問すれば英語。
中国語なら中国語。
韓国語なら韓国語。
AIでは判断できない質問だけをスタッフへ渡す。
こうすれば、
「外国語を日本語に訳してスタッフが回答する」
という業務そのものを減らせます。
観光庁も2025年、観光分野での生成AI活用について手引きを公表し、宿泊施設を含む観光産業での生産性向上や旅行者の利便性向上を進めています。
参考URL:観光地・観光産業における生成AIの適切かつ効果的な活用に向けた手引書(国土交通省 観光庁)
事例① UNPLAN KAGURAZAKA|問い合わせ対応を最大180分削減
外国人対応をAIへ移した具体例が、東京都新宿区のUNPLAN KAGURAZAKAです。
57室の宿泊施設で、多言語による問い合わせやメール・電話への対応に時間がかかり、接客などほかの仕事へスタッフを配置しづらいという課題がありました。
そこで導入したのが、多言語対応のAIコンシェルジュです。
フロントや予約に関する「よくある質問」への回答をAIへ移しました。
結果として、
スタッフ1人あたり最大180分の問い合わせ対応業務を削減。
さらに朝夕のピーク時間帯に常駐していた2人を、別の業務へ再配置できるようになりました。
回答内容も統一され、外国人宿泊客への案内品質のばらつきも抑えられています。
ここで注目したいのは、単純にスタッフを減らしたのではないことです。
空いた時間を、
館内での接客。
宿泊客への対応。
その他の館内業務。
などへ振り分けています。
つまり、
AIによって「おもてなし」を減らしたのではなく、AIに案内を任せることで、人をおもてなしへ戻した。
という使い方です。
旅館・ホテルの生成AI活用を考えるうえで、この考え方は非常に重要です。
参考URL:AIコンシェルジュシステム導入による対応の効率化と、接客品質の向上
AIを入れる前に「ホテルの正解」を一か所に集める

ただし、ChatGPTなどを導入すれば、その日から正確なホテル案内ができるわけではありません。
むしろ生成AIを導入する前に重要なのが、
施設側の情報整理です。
例えば、
公式サイトではチェックイン15時。
紙の館内案内やSNSでは16時。
スタッフのマニュアルには「繁忙期のみ16時の場合あり」。
となっていたら、AI以前の問題です。
AIに正しく答えてもらうためには、
- チェックイン・チェックアウト
- アクセス
- 駐車場
- 送迎
- 朝食
- 館内設備
- 温泉
- キャンセルポリシー
- 荷物預かり
- 周辺施設
などについて、
「この情報が正しい」という元データを一つ決める必要があります。
英語版、中国語版、韓国語版のFAQをそれぞれ管理するのではありません。
日本語で正しい情報を一つ管理し、
宿泊客の言語に合わせてAIが伝える。
この形にすれば、情報更新の負担も大きく減らせます。
事例② 西村屋|生成AIで「外国人への提案」まで変える
生成AIの使い方は、単純なFAQ回答だけではありません。
兵庫県・城崎温泉の老舗旅館西村屋では、観光庁の実証事業で生成AIを活用し、インバウンドへの接客や販売施策の改善に取り組みました。
例えば、PMSなどのデータを分析し、
「どの国の宿泊客が、どのような飲料を選ぶ傾向があるか」
などを把握。
そのデータから、外国人宿泊客に対するおすすめ商品の提案文を生成する仕組みをつくりました。
さらに、スマートフォンで使える多言語の提案文生成ツールを開発。
翻訳を含めて約20分かかっていた作業を、ボタン操作で完了できるようになりました。
販売施策についても、需要予測と宿泊データを生成AIで分析し、従来約30分かかっていた分析・施策立案を約10分まで短縮しています。
これは、生成AIを単なる「翻訳ツール」から一歩進めた使い方です。
例えば、
「この料理を英語にしてください」
だけなら翻訳です。
一方で、
「台湾から来た宿泊客に、この地域のお酒をどのように紹介すれば興味を持ってもらいやすいか」
まで考えるなら、生成AIは接客を支援するツールになります。
外国人対応を、
「日本語を外国語にする業務」から「相手に合わせて伝え方を変える業務」へ進化させる。
生成AIだからこそできる使い方です。
参考URL:生成AIの効果的な活用に係る実証結果
事例③ 和心亭豊月|料理の翻訳を20分以上から7分へ

外国人対応でもう一つ負担が大きいのが、料理の説明です。
温泉旅館では、季節によって料理が変わります。
日本独特の食材。
調理方法。
料理名。
地域の食文化。
などを外国語で説明しようとすると、単純な直訳では伝わらないこともあります。
箱根芦ノ湖畔にある16室の温泉旅館和心亭豊月では、観光庁の生成AI実証事業で、料理メニューの多言語翻訳に生成AIを活用しました。
それまでは、料理メニューを外国語にする際、1回20分以上の作業時間が必要でした。
生成AIを導入した結果、
1回約7分まで短縮。
担当者3人がそれぞれ行っていた翻訳業務も1人に集約され、役割分担の整理にもつながりました。
興味深いのは、最初から想定していたAI機能をすべて使わなかったことです。
当初は画像認識による文字起こしなども検討されていました。
しかし実際に現場で試すと、
「この工程は手入力の方が早い」
ということが分かりました。
そこで不要な機能を削り、一括翻訳と翻訳結果の修正に絞ったのです。
生成AIを導入すると、
「せっかくだから全部AIにしよう」
と考えがちです。
しかし実際には、
AIの方が早い仕事だけAIにする。
手作業の方が早ければ、そのまま残す。
この方が現場では現実的であり、人が考える余地のある領域です。
参考URL:生成AIの効果的な活用に係る実証結果
「AIが答える質問」と「人が答える質問」を分ける
では、外国人宿泊客への質問をすべてAIに任せればいいのでしょうか。
そうではありません。
例えば、
「チェックアウトは何時ですか?」
ならAIで問題ありません。
しかし、
「甲殻類アレルギーがあります。この料理を食べても安全ですか?」
となると話は変わります。
AIが誤った回答をすれば、重大な事故につながる可能性があります。
ほかにも、
- 体調不良
- 事故
- クレーム
- 料金トラブル
- 予約変更
- 災害・避難
といったものは、人が判断した方が安全です。
そのため、
AI導入=すべて自動化
ではなく、
AIが答える範囲を先に決めておく
ことが重要になります。
例えば、
| 問い合わせ | 基本対応 |
|---|---|
| チェックイン時間 | AI |
| Wi-Fi | AI |
| 駐車場 | AI |
| 大浴場の営業時間 | AI |
| 周辺観光 | AI+登録情報 |
| 料金・予約変更 | システムまたは人 |
| アレルギー | 人 |
| 体調不良・事故 | 人 |
| クレーム | 人 |
といったような分類から始めれば十分です。
観光庁も生成AI活用において、誤情報、個人情報、著作権などへのリスク対策を求めています。
参考URL:観光地・観光産業の生成AIの適切な活用に向けて
ホテルのAIを「地域コンシェルジュ」にする
生成AIの面白いところは、ホテル内部の案内だけに使う必要がないことです。
外国人宿泊客からは、
「近くにおすすめの居酒屋はありますか?」
「雨でも楽しめる場所は?」
「子どもと行ける場所は?」
「ベジタリアン対応のお店は?」
「今日これから行ける温泉は?」
といった地域についての質問も多くあります。
そこで、
- 飲食店
- 観光施設
- 交通
- イベント
- 商店街
- 体験サービス
など、地域の情報までAIが参照できるようにします。
すると、
70代の両親と一緒です。あまり歩かずに日本らしい場所へ行きたい。
という質問に対して、
条件に合った地域の選択肢を案内する、といった使い方も考えられます。
これは地方のホテルや旅館にとって特に重要です。
宿泊施設が地域のコンシェルジュになれば、ホテル内の生産性向上だけでなく、
地域の飲食店や観光施設へ宿泊客を送り出す仕組み
にもなります。
生成AIによる多言語対応が、地域全体の消費へつながる可能性があります。
観光庁も観光DXについて、旅行者の利便性向上だけでなく、周遊促進や地域経済活性化につなげることを重視しています。
参考URL:観光DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進
問い合わせ履歴を「宿泊客が困っていること」のデータに変える

生成AIには、もう一つ活用方法があります。
質問のログを分析することです。
例えば1か月間の質問を集計して、
駅からのアクセス 120件
駐車場 80件
チェックイン後の夕食 65件
タトゥーと大浴場 40件
だったとします。
ここから、
「外国人にアクセス方法が伝わっていないのではないか」
という課題が見えてきます。
アクセス質問が多いなら、予約完了メールを改善する。
夕食について多いなら、周辺飲食店情報を用意する。
温泉マナーの質問が多いなら、チェックイン前に案内する。
つまりAIを、
「質問に答えるシステム」ではなく、「宿泊客が困っていることを見つけるセンサー」にする
という考え方です。
このデータを月に一度確認するだけでも、Webサイトや館内案内を改善できます。
質問そのものが、施設改善のヒントになります。
最初は「外国人からよく聞かれる20問」だけでいい
「生成AIを導入する」と聞くと、大きなシステム開発を想像するかもしれません。
しかし、小規模な旅館やホテルなら最初からそこまでやる必要はありません。
スタッフへ、
「外国人のお客様からよく聞かれることを20個教えてください」
と聞くところから始めます。
その20問について、
正しい回答を決める。
情報の保管場所を決める。
AIに任せられる質問を決める。
人へ渡す質問を決める。
まずはここまでで構いません。
例えば、
- チェックイン時間
- 荷物預かり
- Wi-Fi
- 送迎
- 朝食
- 大浴場
- 駐車場
- 周辺のコンビニ
- 駅への行き方
などです。
この20問を正しく多言語で答えられるだけでも、スタッフが日々行っている説明業務の一部を減らせます。
そして運用してみた後に、
内容を30問へ。50問へ。
そこにさらに領域を広げ、
- 地域情報
- 予約前対応
- その他情報
と広げていけばいいのです。
生成AIだからと、いきなり大規模に始める必要はありません。
むしろ、
最も繰り返している小さな業務から始める方が、効果を確認しやすくなります。
生成AIで目指すのは「外国語ができる人を減らすこと」ではない
UNPLAN KAGURAZAKAの事例では問い合わせ対応をAIへ移し、人を接客へ再配置しました。
西村屋の事例では、生成AIを使って外国人宿泊客への提案そのものを高度化しました。
和心亭豊月の事例では、料理の多言語化にかかる時間を20分以上から7分に減らしました。
3つの事例に共通しているのは、
人の接客をAIへ置き換えることをゴールにしていない
という点です。
スタッフが毎回同じ説明をする
翻訳に20分使う。
必要な情報を探す。
定型文を作る。
こうした作業をAIへ移す。
そして人は、
困っている宿泊客へ声をかける。
地域の魅力を伝える。
旅行目的に合わせて提案する。
トラブルへ柔軟に対応する。
といった仕事にさらに時間を使う。シフトする。
つまり旅館・ホテルでの生成AI活用は、
「人をAIへ置き換えるDX」ではなく、「人にしかできない接客へ、人を戻すDX」
と考えることもできます。
外国人宿泊客が増えたから、
「英語を話せるスタッフをもっと採用しなければならない」
だけではありません。
まず、
外国人対応の中で、本当に人が毎回答える必要がある仕事はどれか。
そこから見直してみる。
生成AIは、限られた人数で外国人旅行者を受け入れる地方の旅館・ホテルにとって、もはや現実的な選択肢の一つになっています。


