地方の人口減少や高齢化が進むなか、地域産業の担い手不足は深刻な課題となっています。とりわけ農業では、後継者不足や離農、耕作放棄地の増加など、地域そのものの持続可能性に関わる問題が顕在化しています。
その一方で、「農業は若者が選ばない仕事」という従来のイメージを覆し、自ら農業に飛び込み、地域に新たな仕事と価値を生み出してきた若手農家がいます。
広島で「サムライネギ」を展開する八幡原氏です。
大学卒業後に目指していたのは農業ではなく、飲食店の経営でした。しかし、京都で偶然出会った九条ネギ農家をきっかけに人生は大きく転換します。
一年間の無給修業、地元に戻ってから畑を借りるまでの約1年半、荒れ地の開墾、資金難。決して順調なスタートではありませんでした。
それでも、生産だけにとどまらず、ブランド化、飲食店への営業、加工、物流までを自ら手掛け、「サムライネギ」というブランドを育ててきました。
そこにあるのは、一人の農家の成功物語だけではありません。
若者が地方に入り、地域産業を自らの手でアップデートしていく。
八幡原氏の歩みから、これからの農業と地方創生の可能性を探ります。
今回お話を伺った方

株式会社ねぎらいふぁーむ
代表取締役 八幡原 圭 氏
大学卒業後、京都で飲食事業に携わる中で九条ネギ農家と出会い、農業の世界へ。1年間の修業を経て23歳で地元の広島に戻り、農業を開始しました。現在は「サムライネギ」の生産・ブランド化をはじめ、加工、販売、物流までを一貫して手掛けています。若者にも農業を身近な仕事として感じてもらえるよう、農業の新しい魅力や可能性の発信にも取り組んでいます。
農業とは無縁だった若者が、京都で見た「稼ぐ農業」
――まず、八幡原さんが農業に関わることになったきっかけを教えてください。
もともと農業をやろうと思っていたわけではありません。
大学は北九州に通っていて、当時は夜のお店でボーイとして働いていました。そこで京都の経営者の方と知り合ったことが、最初の転機でした。
その方は新しく飲食事業を始めようとしていて、奥様のご実家が福岡でうどん店を経営していたこともあり、僕もうどん屋で修業することになりました。
大学卒業後は京都に就職し、うどん店を立ち上げる予定でした。物件も決まり、あとは資金調達だけというところまで進んでいました。
ただ、最終的に資金面の承認が下りず、計画そのものがなくなってしまったんです。
そこで会社を辞めることになり、次の仕事として紹介されたのが、京都で九条ネギをつくっている農家でした。
――そこで見た農業は、それまでのイメージとは違っていたのでしょうか?
全然違いました。
師匠になる方が当時35歳くらいで、従業員の平均年齢も22〜23歳くらいでした。10代の子も普通に働いていました。
夜間高校に通っている10代の子に「なんで農業をやっているの?」と聞いたら、「同じ空の下で働くなら、建設現場より農業の方が儲かる」と言われたんです。
さらに印象に残っているのが、畑で作業をしていた時のことです。
隣の畑に、おじいちゃんがポルシェに乗って来たんですよ。(笑)
驚いて師匠に聞いたら、「この辺では普通だよ」と言われました。
周囲の農家には数千万円するような農業機械やトラクターがあり、その横には軽トラックや2トントラック、さらに趣味の車やバイクも並んでいました。
そこで初めて、「農業は、ちゃんと事業としてやれば稼げる産業なんだ」と思いました。
若い人たちが働き、利益を出している農家もいる。その光景を見て、それまで持っていた農業のイメージが一気に変わりました。

「5年かかるなら一年で」。無給修業で農業を叩き込む
――そこから、本格的に農業を学ぶことを決めたのですか?
はい。師匠から九条ネギの栽培を学ぶことになりました。
ただ、最初に「農業で独立するには最低5年はかかる」と言われました。
僕は当時22歳くらいで、周りには16歳くらいから農業をやっている子もいました。
5年かけて覚えていたら、その子たちも同じだけ成長します。それだったらと思って、
「一年で全部叩き込んでください。休みもいりません。給料も一円もいりません」
とお願いしました。
そこから一年間、無給で農業を学びました。
――栽培技術以外にも学んだことはありましたか?
かなりありました。
作業の段取りだけではなく、コストや出荷、どうすれば利益を残せるかという考え方も学びました。
例えば九条ネギでは、根を抜かずに畑に残して、地上部分をカットして収穫する方法があります。
根は出荷先でも使わないので、最初から畑に残しておきます。そうすると余計なゴミが出ず、残した株からもう一度ネギを育てることもできます。
ただ野菜をつくるのではなく、「無駄を減らし、どう事業として成立させるか」という考え方を、この時に身につけました。
23歳で広島へ。畑を借りるまでに約1年半
――京都での修業を終えた後は、広島に戻って独立されたのですね。
はい。23歳くらいで広島に帰りました。
ただ、帰ってすぐ農業を始められたわけではありません。
最初に困ったのは、そもそも畑を貸してもらえなかったことでした。
地域の農家を13軒くらい回りましたが、「どこのどいつかわからないやつに、先祖代々の農地は貸せない」と言われて、全部断られました。
僕自身は京都で農業を学んできたつもりでしたが、地域の人から見れば、本当に農業を続けるのか分からない、どこからきたかもわからない若いだけの人間です。
技術があるかどうか以前に、「この人に土地を貸して大丈夫なのか」という信用がなかったんだと思います。
――そこから、どうやって農地を確保したのでしょうか?
地域の農業法人に研修生として入り、一年間働きました。
そこで地域との関係をつくって、ようやく畑を借りられるようになりました。
ただ、借りられた畑もすぐに使える状態ではありませんでした。
身長より高いほど草や木が生えている荒れ地で、全部刈って、土をつくって、作物を植えられる状態にするまで半年くらいかかりました。
広島に戻ってから実際に苗を植えられるまで、約2年かかっています。
若い人が地方で農業を始めるには、技術だけでは足りません。
農地、地域との信用、資金、周囲との人間関係まで含めて、初めてスタートラインに立てるのだと思います。
売れなかったネギから「サムライネギ」が生まれるまで
――実際にネギをつくり始めてから、販売は順調でしたか?
最初は全然うまくいきませんでした。
京都で学んだ方法では、根を切った状態でネギを出荷します。
でも、広島では根が付いたネギが一般的だったので、JAやスーパーに持っていくと「根っこのないネギなんて恥ずかしくて売れない」と言われました。
そこで飲食店に直接営業することにしました。
すると、飲食店の反応は正反対でした。
「根を切る手間がない」「生ゴミが出ない」「この方が使いやすい」と評価してもらえたんです。
そこから一軒ずつ営業して、東広島を中心に約30店舗まで取引先が増えていきました。
同じ商品でも、売る相手によって価値が変わるんだと実感しました。
――「サムライネギ」という名前は、どのように生まれたのでしょうか?
最初は「京都の九条ネギと同じようなネギです」という説明をして販売していました。
ただ、飲食店の方から「九条ネギだと京都のイメージが強いから、自分たちの名前をつけた方がいい」と言われました。
その時、ある飲食店の方がネギを見て、「侍が持っている刀みたいに、シャキッとしている」と言ってくれたんです。
さらに、一年間無給で修業した話をすると、「それこそサムライスピリッツじゃないか」と言われました。
そこから「サムライネギ」という名前が生まれ、すぐに商標登録しました。
名前だけではなく、自分自身の経験も含めてブランドになっていったと思います。

農業を「格好いい仕事」に。若者に届けるブランド戦略
――サムライネギでは、若い人に農業を知ってもらう取り組みもされていますね。
農業を始めてから、若い人が本当に少ないことを実感しました。
27歳くらいの時に若手農家の集まりに参加したんですが、僕の次に若い人が42歳だったんです。
「このままだと、本当に若い人がいなくなる」と思いました。
そこで、若い人に農業を知ってもらうには、農業そのものの見せ方を変えた方がいいと考えました。
サングラスをかけた自分の写真を使った、少し格好をつけたポスターをつくりました。
年配の農家からは「悪そうに見える」「怖い」と言われました。
でも、僕としては若い人の目に止まることの方が大事でした。
取引している飲食店にもお願いして、「サムライネギの○○」というように、メニュー名にブランド名を入れてもらいました。ポスターも店内に貼ってもらいました。
そうすると少しずつ、「サムライネギって聞いたことがある」「あのポスターを見たことがある」という人が増えてきました。
もともと僕はテレビに出たり、取材を受けたりするのが好きではありませんでした。
でも、若い人に農業を知ってもらうには、自分が表に出た方がいいと思うようになり、メディアにも出るようになりました。
農業を選択肢にしてもらうには、「農業も格好いい仕事なんだ」と感じてもらうことも必要だと思っています。
生産・加工・営業・物流まで。農業を「稼げる事業」に変える
――現在は、生産だけではなく加工や物流まで自社で行っているのでしょうか?
はい。
生産だけではなく、営業、カット加工、六次産業化、物流まで自分たちでやっています。
冷蔵車も自社で持っていて、飲食店への配送も行っています。
農業というと「つくるところ」までを考える人が多いと思いますが、実際には、その後の流通や販売にもかなりお金がかかります。
そこを自分たちで行うことで、流通コストをだいたい2〜3割くらい抑えられています。
今は物流費も上がっているので、かなり大きいと思います。
――農業を続けていて、特にやりがいを感じる瞬間はありますか?
直接「ありがとう」と言ってもらえることですね。
特に嬉しいのは、子どもから「ネギは嫌いだけど、サムライネギなら食べられる」と言ってもらった時です。
自分がつくったものを誰かが食べてくれて、その人から直接反応をもらえます。
人間が生きていくうえで必要な「食」をつくっている仕事なので、すごく誇りがあります。

若者の農業参入を地方創生につなげるために必要なこと
――若い人が農業に参入することは、地方創生にもつながると思います。一方で、どのような課題がありますか?
若い人が農業を始めること自体は、もちろん大事です。
ただ、始めても生活できなければ続きません。
僕自身はブランドをつくったり、飲食店へ直接販売したり、物流まで自分たちでやったりして、利益を残せる形を考えてきました。
でも、みんなが同じことをできるわけではありません。
資金調達も大きな課題です。
農業向けの融資制度はありますが、JAとの関係などによって利用しにくいケースもあります。
地方銀行に事業計画を持って行っても、「農業は分からないのでJAに相談してください」と言われることもあります。
若い人に「農業をやってください」と言うのであれば、始めた後にちゃんと食べていける環境まで考えなければいけないと思います。
――地域として、どのような支援が必要だと感じますか?
農地を借りられる仕組み、資金調達、経営支援、販路開拓、ブランド化、物流、地域との関係づくり。
そうしたものを一つずつ支える必要があると思います。
地方創生というと「若い人に来てもらう」という話になりがちですが、本当に重要なのは、その人が5年、10年とその地域で仕事を続けられるかどうかです。
若者を呼び込むことではなく、地域に定着して、事業として自立できる仕組みをつくることが大事だと思います。
猛暑・資金・担い手不足。地域農業が抱える次の課題
――現在の農業経営で、特に大きな課題は何でしょうか?
今は暑さがかなり大きな問題です。
以前は年4回くらい収穫できていましたが、最近は暑さの影響で難しくなっています。
毎年かなりの量が暑さでダメージを受けていますし、特に被害が大きい年は半分以上ダメになった時期もありました。
ビニールハウスに水やりの設備を入れたりもしました。
ただ、ハウスの中はさらに暑くなるので、それだけでは解決できません。
屋外でどう水を管理するのか、暑さに耐えられる生産方法をどうつくるのか。
これからの農業では、人手不足だけではなく、気候変動への対応もかなり重要になると思います。
一方で、若い人が農業に入ってきても、経営が安定しなければ離れてしまいます。
担い手を増やすことと同時に、「続けられる農業」をつくることが、これからの地域にとって大きな課題だと思っています。
「大変だけど、それ以上の価値がある」若者へ伝えたい農業の魅力
――最後に、これから農業に挑戦したい若い人へメッセージをお願いします。
農業は大変です。
天候にも左右されますし、思った通りにいかないこともたくさんあります。
でも、それ以上に学ぶことが多く、楽しい仕事でもあります。
毎年状況が違うので、ずっと勉強できます。
忙しい時期はありますが、自分で仕事を組み立てれば、自分の時間もつくれます。
それに、自分がつくったものを食べてくれた人から直接「ありがとう」と言ってもらえます。
これはお金だけでは得られない価値だと思います。
食べ物をつくるということは、人が生きるために必要なものをつくる仕事です。
すごく誇りのある仕事だと思っています。

若者が地方で産業をつくる。それ自体が地方創生になる
八幡原氏の歩みは、一人の若手農家の成功事例だけではありません。
23歳で地域へ戻り、農地を探し、地域との信用を築き、荒れ地を開墾し、自ら販路を開拓しました。
さらに「サムライネギ」というブランドをつくり、生産だけではなく、加工、販売、物流まで含めた事業を構築しています。
そして現在は、自身の経験を発信することで、「農業も若者が選べる仕事である」というイメージを広げようとしています。
地方創生というと、大規模な再開発や企業誘致、観光振興などが注目されがちです。
しかし、一人の若者が地域に入り、そこで産業をつくり、仕事を生み出し、その姿を見た次の若者が地域産業に興味を持つ。
こうした循環もまた、地域を持続させるための重要な地方創生です。
一方で、若者に「地方へ行こう」「農業を始めよう」と呼びかけるだけでは十分ではありません。
農地、資金、経営、販路、物流、地域とのつながり。
若者が地域に入り、その土地で継続的に生活し、事業として自立できる環境まで整えていく必要があります。
若者を地方へ呼び込むことではなく、若者が地域産業で稼ぎ、地域に定着できる仕組みをつくること。
八幡原氏とサムライネギの取り組みは、「若者×農業」という視点から、これからの地方創生が目指す一つの形を示しています。
企業プロフィール
| 企業名 | 株式会社ねぎらいふぁーむ |
|---|---|
| 所在地 | 〒739-0268 広島県東広島市志和町志和西10588番地20 |
| 取り組み時期 | 2018年〜現在 |
| 代表者 | 代表取締役 八幡原 圭 |
| 事業内容 | 青果物の生産・加工・販売・卸販売・通販事業 |
| WEBサイト | https://negirai-farm.co.jp/ |

