田んぼの水を抜く期間を、いつもより少し長くする。
それによって温室効果ガスの排出量を減らし、その削減量を「環境価値」として企業に買ってもらう。
そして、企業から支払われたお金が農家の新しい収入になる。
これが、株式会社フェイガーが全国の農業生産者と取り組んでいる農業由来カーボンクレジットの仕組みです。
フェイガーは、生産者と一緒に農業由来のカーボンクレジットを創出し、企業へ販売しています。
特徴的なのは、クレジットが企業へ販売されるのを農家が待つのではなく、認証されたクレジットをフェイガーが買い取り、あらかじめ定めた時期に農家へ支払う仕組みを採用していることです。
2025年には、水田を中心とした取り組みが36,436ha、225,735t-CO2e、1,776戸の生産者まで拡大しています。
単にCO2を減らすだけではありません。
農家には新しい収入が生まれ、企業は地域の農業を支援しながら脱炭素に取り組める。
さらに、地域で生まれた環境価値を、その地域の企業やイベントで活用する動きも始まっています。
株式会社フェイガー CSOの上本絵美氏に、農業とカーボンクレジットをつなぐ仕組みと、その先に目指す地域の姿について聞きました。
今回お話を伺った方

株式会社フェイガー
Chief Sales Officer ( CSO ) 上本 絵美 氏
早稲田大学第一文学部卒業後、株式会社リクルートに入社。責任者として20年間にわたり、地方都市部を含む6エリア・1,000社超の集客支援や事業戦略、出店支援に携わる。通期TOP賞や全社FORUM受賞などの実績を有し、地域と企業をつなぐ連携に強みを持つ。 2022年より参画。CSOとして、1,000社を越える企業との面談を通じて、農業支援型、地域支援型のカーボンクレジット普及を行う。
田んぼの「中干し」を7日延ばすと、なぜ農家の収入になるのか
――まず、農業由来カーボンクレジットの仕組みを分かりやすく教えてください?
フェイガーが現在、大きく取り組んでいるのが、水稲栽培における「中干し期間の延長」です。
中干しとは、稲の生育途中で一度田んぼの水を抜き、土を乾かす作業です。
水田では、土壌が水に覆われた状態が続くことでメタンが発生します。そこで通常より中干し期間を延ばすと、メタンの排出量を抑えられます。
J-クレジット制度では、過去の中干し期間より7日間以上延長する方法が排出削減の方法論として認められています。
フェイガーでは、生産者が中干し期間を延長し、スマートフォンから写真や記録を提出。
その取り組みによって削減された温室効果ガスをJ-クレジットとして認証し、企業へ販売します。
つまり、
「環境に配慮した農法に取り組んでください」
とただお願いするだけではありません。
農家が行った気候変動対策そのものに、経済的な価値として可視化する。
これがカーボンクレジットの大きな役割です。
農家に大きな初期投資は必要なく、条件によっては米の収入に対して約3%程度の追加収入が見込めます。
取り組み規模としては1ha以上が一つの目安です。
もちろん、実際のクレジット生成量や収益は地域、土壌の排水性、有機物の施用状況などによって変わります。
農家が挑戦しやすいように、フェイガーが先にリスクを取る
――新しい農法に変えることへ、不安を感じる農家もいるのではないでしょうか?
当然いらっしゃいます。
長年続けてきた農法を変える以上、
「収量が落ちないか」
「品質に影響しないか」
「本当にお金になるのか」
という不安が出てきます。
そこでフェイガーが重視しているのが「生産者フレンドリー」という考え方です。
特に特徴的なのが、クレジットの先払い・全量買取です。
通常であれば、カーボンクレジットを生成しても、買い手となる企業が見つからなければ収益化できません。
しかしフェイガーでは、認証されたクレジットについて、
企業への販売状況にかかわらず生産者へあらかじめ約束した金額を支払います。
企業へ売り切れなかった場合の在庫リスクはフェイガー側が負うことになります。
農家側からすると、
「環境にいいことをしたものの、売れるかどうか分からない」
という状態になりません。
農家に新しい取り組みを求めるのであれば、その不確実性まで農家だけに負わせない。
この設計が、フェイガーの事業の特徴です。
また、気象条件などによって中干し延長が適さない年には、取り組みを中止できる契約設計も採用されています。
新しい農法への心理的なハードルを下げながら参画できるというのは、安心材料の一つになりますね。
2025年には1,776戸・36,436haへ。農業の脱炭素を「点」から「面」へ

取り組みは急速に拡大しています。
フェイガーの公式情報では、2024年の実績が25,202ha、135,944t-CO2e、1,221戸。
2025年には36,436ha、225,735t-CO2e、1,776戸まで広がりました。2026年には10万ha・7,000戸まで広げる計画を掲げています。
農家一人が環境に配慮した農法へ変えても、その規模には限界があります。
しかし、JAや自治体、農機メーカー、資材メーカー、地域に根付いた企業などが連携し、多くの農家が同じ方向へ動けば、地域全体として大きな排出削減につなげることができます。
フェイガーは全国のJAや農業関連企業とネットワークを構築しており、営農指導協力を行うJAが35拠点にも達しています。
農業由来カーボンクレジットは、1戸の農家による環境活動ではなく、地域単位で農業を変えていく仕組みになり始めているのです。
農家が得るのは「金銭的メリット」だけではない
――参加している農家は、収益以外にどの様なメリットを感じているのでしょうか?
もちろん、農家さんにとって収益が増えることは大きなメリットです。ただ、私たちは単純に「収入が増える」ということだけではないと考えています。
農業は気候変動の影響を非常に受けやすい産業です。
猛暑や水不足、大雨などを日々の農業の中で実感していて、「何か対策をしなければ」と感じている農家さんは少なくありません。
一方で、新しいことを始めようと思っても、当然そこには費用がかかります。
そうした中で、カーボンクレジットによって得られる収益が、次の新しい取り組みを始めるための“軍資金”になる。
これは農家さんにとって非常に大きな意味があると思っています。
もう一つ大きいのが、自分たちの取り組みを企業に評価してもらえることです。
農家さんはこれまでも、地域の環境を守ったり、持続可能な農業のためにさまざまな工夫をしたりしてきました。
ただ、その努力そのものに対して「ありがとう」と言われたり、経済的な価値として評価されたりする機会は、実はそれほど多くありません。
カーボンクレジットでは、農家さんが環境のために取り組んだことを企業がお金を払って購入してくれます。
農家さんからすると、「自分たちの努力を買ってもらえた」という実感につながります。
収益を得られることはもちろんですが、自分たちの取り組みが社会から認められたという達成感も、継続するモチベーションになっています。
そして、その収益をまた次の取り組みに使うことで、農業を少しずつより良い方向へ変えていける。私たちは、そうした循環をつくっていきたいと考えています。
「その地域の農家の努力を、その地域で買う」
――この取り組みが地域にとってどのような価値を生み出しますか?
カーボンクレジットというと、
「大企業がCO2排出量を相殺するために買うもの」
というイメージがあるかもしれません。
しかしフェイガーが進めているのは、それだけではありません。
その地域の農家が生み出した環境価値を、その地域に関係する企業や団体が買う。
環境価値の「地産地消」です。
実際に2025年の長岡まつり大花火大会では、長岡市を含む新潟県内の農家が中干し期間を延長することで創出したカーボンクレジットが、花火大会の一部に活用されました。
地域の農家が脱炭素に取り組む。
そこで生まれた環境価値を地域の象徴である花火大会が活用する。
そのお金が再び農業現場へ戻る。
「農業 → 環境価値 → 地域文化 → 農業」
という地域内の循環が生まれます。
さらに2026年10月には、JA全農新潟が、新潟県内の農家によって創出された農業由来J-クレジットを取得しました。
JA全農の組織による農業由来J-クレジット取得として全国初の事例となります。
カーボンクレジットを「知らない誰かが買う金融商品」にせず、
「自分たちの地域の農家を応援する方法」に変える。
私たちは、こうした形で地域の企業や自治体にも農業由来カーボンクレジットを活用してもらえる可能性があると考えています。
企業にとっても「何を応援したのか」が見える
――企業は、なぜ農業由来のクレジットを選ぶのでしょうか?
市場にはさまざまなカーボンクレジットがあります。
価格だけで選ぶのであれば、農業由来である必要はありません。
そこでフェイガーが重視しているのが、「生産者の顔が見えるクレジット」です。
どの地域で。
どの生産者が。
どのような農法に取り組み。
どれだけ環境負荷を減らしたのか。
背景が分かる環境価値を企業へ提供します。
企業側から見ても、
「CO2を○トン相殺しました」
だけではなく、
「地域の農家による持続可能な農業を支援しました」
と説明できる。
脱炭素と地域貢献を一つの取り組みにできる点が、農業由来クレジットの特徴です。
「脱炭素チャレンジ農家」を商品価値にもする

フェイガーはさらに、カーボンクレジットを農家の裏側の収入だけで終わらせない取り組みを始めています。
2026年には、環境配慮型農業に取り組む農家が商品へ貼れる「脱炭素チャレンジ農家」シールを制作しました。
対象となる米袋などへ貼り、直売所やEC、イベントで消費者へ取り組みを伝えることが目的です。
これまでなら、
「中干し期間を7日延長しています」
と言われても、一般消費者には違いが分かりにくかったかもしれません。
そこで、
農家の環境への努力そのものを商品の付加価値として見えるようにする。
という発想です。
ここまで来ると、カーボンクレジットは単なるCO2削減制度ではありません。
環境に配慮した農業そのものを、企業や消費者から評価される産業へ変える仕組みになります。
田んぼだけではない。茶園・畑・畜産へ広がる環境価値
――今後は稲作以外にも広がっていくのでしょうか?
フェイガーが目指しているのは、水田だけのカーボンクレジット事業ではありません。
畑、茶園、畜産など、農業全体へ広げる構想を持っています。
その一つが茶園です。
2026年9月、フェイガーはJ-クレジット制度の「茶園土壌への硝化抑制剤入り化学肥料又は石灰窒素を含む複合肥料の施肥」を活用するプロジェクトを登録しました。
国内初となる茶園由来J-クレジットの創出を目指しています。
この取り組みでは、単に肥料を変更するだけではなく、肥料の使用量そのものを減らす「減肥」も視野に入れています。
温室効果ガスを減らす。
肥料コストも抑える。
さらにJ-クレジットによる収益を農家へ還元する。
環境と農業経営の両方にメリットを生み出そうという設計です。
また、九州では畜産分野での実証も進めており、牛由来のメタンや排泄物管理による温室効果ガス削減など、新しい方法論への展開も検討されています。
農業の「環境への努力」に値段がつく時代へ
農業の価値というと、これまでは基本的に、
どれだけ収穫できたか。
品質はどうか。
いくらで売れるか。
という農産物そのものの価値でしか評価されてきませんでした。
しかし農家は、その裏側で水田を管理し、土を守り、農地を維持し、地域の景観や環境を支えています。
そして現在は、気候変動対策という新しい役割も求められています。
それにもかかわらず、その努力自体には直接お金がつかないケースがほとんどでした。
農業由来カーボンクレジットは、そこを変える可能性が大いにあります。
米を売った収入とは別に、「環境を守った価値」にも収入が生まれる。
さらに、その環境価値を地元企業や地域のイベントが買えば、お金と評価を地域の農業へ戻すことができます。
農家へ「環境のために頑張ってください」とお願いするのではありません。
環境にいい農業を、農家にとっても経済的に続ける意味がある農業へ変える。
フェイガーがつくろうとしているのは、単なるカーボンクレジット市場ではなく、農家、企業、自治体、消費者が環境価値を通じてつながる、新しい農業経済の仕組みなのかもしれません。

企業プロフィール
| 企業名 | 株式会社フェイガー |
|---|---|
| 所在地 | 東京都千代田区大手町2-2-1 新大手町ビル3階 0 Club |
| 代表者 | 代表取締役 石崎 貴紘 |
| 事業内容 | 脱炭素型農業支援、農業由来カーボンクレジットの創出・販売支援、耐候性ソリューションの研究開発 |
| 取り組み開始時期 | 2023年〜現在 |
| 公式サイト | https://faeger.company/ |

