「テントで畜舎をつくる」
「テントで陸上養殖施設をつくる」
そう聞くと、「台風や雪は大丈夫なのか」「夏は暑いのではないか」と思う人もいるかもしれません。
しかし、私たちが普段イメージする簡易的なテントと、建築物として設計される「膜構造」は大きく異なります。
耐久性を持つ膜材を鉄骨などの骨組みに張り、地域の風や雪などの条件を踏まえて構造を設計する。
さらに、膜材の軽さや透光性、施工性などを生かすことで、従来の建築とは異なる方法で空間をつくることができます。
その膜技術を、テント倉庫だけでなく、畜舎、陸上養殖施設、公共施設、建物の暑さ対策、防災などへ広げているのが、佐賀県多久市の山口産業株式会社です。
2025年大阪・関西万博では、クウェート館をはじめ計14施設の膜構造に携わりました。
現在は、その技術を農業・畜産・水産業など地域産業が抱える課題にも応用しています。
そこにあるのは、「膜で何を作るか」という発想だけではありません。
建設費が高い。工期を短くしたい。暑さを抑えたい。広い空間が必要。既存の建物を壊さず機能を追加したい。
地域の現場が抱える課題に対して、「それ、膜でできないか」と考える。
山口産業株式会社 代表取締役の山口篤樹氏に、膜技術が現在どのような産業で活用され、これからどのような可能性を持つのか。
そして、一つの技術から新しい市場を生み出し続ける背景について聞きました。
今回お話を伺った方

山口産業株式会社
代表取締役 山口 篤樹 氏
山口 篤樹(やまぐち あつき) 1959年、佐賀県多久市生まれ。専修大学卒業後、自動化機器メーカー(株式会社コガネイ)での営業職を経て1987年に山口産業株式会社へ入社。1995年8月に36歳で代表取締役社長に就任。 炭鉱用資材(送風管)の衰退という危機の中で事業転換を行い、鉄骨製造の内製化と「設計・製造・施工の一貫体制」を構築。大手ゼネコンに先駆けたBIM(3D設計)導入などのDXを推進し、産業用テント倉庫から公共建築・万博パビリオンまでを手掛ける総合膜構造メーカーへと成長させた。現在は2034年度売上高100億円達成を目指す「100億宣言」を掲げ、地域の持続的発展と新領域(陸上養殖・防災・ファサード等)への挑戦を牽引している。
「テントは弱い」というイメージを変える膜構造

――まず、山口産業が扱う膜構造は、一般的なビニールハウスやテントとは何が違うのでしょうか?
一次産業でいうと、昔からビニールハウスがありますよね。
私たちが作っているのは、それとは少し方向性が違います。
耐久性のある膜材を鉄骨の骨組みに張って、風や雪、紫外線などを考慮しながら建物として設計します。
「テントは風に弱い」「雪が降ったら壊れるんじゃないか」と思われることもありますが、膜構造建築も建築物ですから、必要な構造計算をして地域の条件に合わせて作ります。
実際に沖縄のような台風が多い地域から、積雪地域まで施工実績があります。
最近では膜材自体も進化しています。遮熱性を考えた膜材や、二重膜の間に断熱材を入れる方法もあり、空調設備と組み合わせて内部環境を管理することもできます。
昔の「テント」のイメージだけでは考えられない使い方が多様にできるようになってきています。
これらは農業・畜産、スポーツ施設、商業施設、防災施設、建築外装など、すでに幅広い分野へ展開しています。
畜舎を膜でつくる。一次産業の施設を「建て方」から変える

――現在、一次産業ではどのような活用が進んでいますか?
今、特に力を入れているのが畜舎と陸上養殖です。
畜舎では、膜構造によって大きな空間をつくることができます。
柱を少なくしたり、用途に合わせて形を調整したりできるので、牛や作業車両の動線も考えながら設計できます。
膜には光を取り込めるものもあるので、昼間の建物内部を明るくすることもできます。
畜舎というと、「鉄骨や木造でしっかりした建物をつくる」という発想になりやすいかもしれません。
しかし重要なのは、建物の材料そのものではありません。
牛を安全に飼育できるのか。
作業しやすいのか。
暑さや雪など地域の気候へ対応できるのか。
必要な面積を確保できるのか。
そして、事業として投資できる価格なのか。
その条件を満たせるのであれば、「畜舎は従来工法でなければならない」という前提そのものを見直すことができます。
膜構造は、その新しい選択肢の一つです。
水産業にも膜。「陸上養殖施設をどう建てるか」という新しい課題

――畜産から陸上養殖にも展開されていますね?
そうですね。
畜舎で一次産業との接点が増えて、「他にも膜で解決できる課題があるのではないか」と考えるようになりました。
そこで今、力を入れているのが陸上養殖です。
陸上養殖そのものはこれからさらに伸びていく分野だと思いますが、実際に事業を始めようとすると、水槽やろ過設備だけでなく、それを覆う大きな施設も必要になります。
そこで膜構造を使えないかという発想です。
陸上養殖というと、水槽やIoT、水質管理、循環ろ過設備などの技術へ目が向きやすい分野です。
しかし、新しい水産業を地域に広げようとすると、
「その設備を入れるための建物を、いくらで、どれくらいの期間でつくれるのか」
という問題も避けられません。
技術だけ進化しても、それを収容する施設への投資が大きすぎれば事業化のハードルは上がります。
膜構造を組み合わせることで施設側の選択肢が増えれば、陸上養殖そのものを始めるハードルを下げられる可能性があります。
これは「水産業をDXする」というだけではなく、新しい産業を支えるインフラ自体を再設計するという考え方です。
農産物の保管施設にも。膜と冷蔵・冷凍設備を組み合わせる可能性

――畜舎や陸上養殖以外に、一次産業で考えられる用途はありますか?
今後、可能性があると思っているのが農産物の保管施設です。
農産物を保管するとなれば、当然温度管理も必要になります。
そこで、膜構造の施設に冷蔵庫や冷凍設備、空調などを組み合わせる。
そういう使い方もこれから出てくると思います。
最近は「テントだからエアコンなんて効かないでしょう」と言われることもありますが、二重膜にして間に断熱材を入れる方法もありますし、用途に合わせて設備を組み合わせることができます。
気候変動によって、農業では「どう作るか」だけでなく、「収穫したものをどう保管するか」も重要になっています。
農産物の一時保管。
選果・集出荷。
冷蔵・冷凍。
加工前の保管。
地域の農業拠点にはさまざまな施設が必要です。
そのすべてを従来と同じ建築方法でつくるのではなく、必要な性能を整理した上で膜構造も選択肢に加える。
膜技術は、生産現場だけでなく、農産物が消費者へ届くまでの地域インフラにも広がる可能性があります。
建物に「膜の服」を着せる。猛暑対策にも広がるファブリックファサード

――一次産業以外では、今後どの技術に可能性を感じていますか?
ファブリックファサードは、これからかなり伸びていくと思っています。
簡単にいうと、建物の外側に膜を取り付ける技術です。
デザイン性を高めるだけではありません。
建物へ入ってくる強い日差しや紫外線を外側で抑え、内部の温度上昇を軽減することができます。
内部から外を見ることもできるので、視認性を残しながら日射を抑えることもできます。
山口産業では、ファブリックファサードを「膜の服」のように建物へまとわせることで、外観と機能の両方を変える取り組みを進めています。
自社敷地内での実証試験では室内温度の上昇を最大7.6℃抑制した実測結果が得られているほか、導入試算では太陽熱を最大49%カット、年間空調負荷を最大70%削減できるデータも示されています。
これは単なる外壁デザインの話ではありません。
近年、地方でも猛暑によって、工場、店舗、公共施設などの暑さ対策が大きな課題になっています。
一般的には、エアコンを増強する、断熱材を追加する、といった「建物の中を冷やす」対策を考えます。
ファブリックファサードは、その前段階で、
「そもそも強い日射を建物に当てすぎない」
という考え方です。
山口氏は特に、鉄筋コンクリート造が多く暑さも厳しい沖縄などで、既存建物への活用可能性を感じていると話します。
建物を壊して建て直すのではなく、既存建物の外側へ新しい機能を付け加える。
ここにも、膜の軽さや柔軟性を生かした新しい使い方があります。
建物だけではない。防災やエネルギーにも広がる「膜で包む」技術
山口産業の膜技術は、「建物をつくる」用途だけではありません。
災害時には、空気を入れて短時間で展開できる「メンブリーシェルターair」を開発しています。
一方、別の用途では「ガスホルダー」と呼ばれる膜設備もあります。
家畜の排泄物などから発生するガスを膜の中へ貯留し、燃料などとして利用するための設備です。
山口氏は、海外ではこうした設備が比較的使われている一方、日本ではまだ大きく普及していないと話します。
ここで見えてくるのは、「膜=建物の屋根」という固定された用途ではありません。
空間をつくる。
建物を覆う。
日射を遮る。
気体を包む。
必要なときだけ展開する。
膜そのものの特性から考えていけば、使い道はまだ広げられます。
既存の製品カテゴリーから用途を考えるのではなく、素材の特性から「何の課題を解決できるか」を考える。
それが、山口産業の技術展開を理解する一つのポイントです。
なぜ膜の用途を次々と広げられるのか。原点は「これ作れない?」という相談
――テント倉庫からこれほど多くの分野へ広がった背景は何でしょうか?
実は、こちらで全部考えて商品を開発してきたわけではないんです。
大きなきっかけは、お客さんからの要望です。
「こんなものを作れないか」
「こういう用途に使えないか」
と言われ、それを形にしてきました。
畜舎もそうですし、陸上養殖の屋根、コロナ禍の発熱外来のスペースなども、お客さんの課題から生まれています。
最近は建設費も非常に高くなり、工期も長くなっています。
そこで、「こんな高いものを建てるのではなく、テントでできないか」という相談も出てきました。
工場や店舗など、以前なら膜構造を考えなかった建物にも用途が広がっています。
つまり山口産業は、
「新しい膜商品を作って、売る場所を探す」
のではなく、
「現場で困っていることを聞いて、それを膜で解決できないか考える」
ことで事業領域を広げてきました。
だからこそ、用途が一つの業界に限定されません。
炭鉱がなくなっても「膜の技術」は残った

現在の山口産業の原点は、産業用テント倉庫ではありません。
山口氏の父親の時代、主力だったのは炭鉱の坑道へ空気を送り込むための「送風管」でした。
ところが、各地で炭鉱の閉山が進み、主力事業そのものが縮小していきます。
会社を存続させるには、新しい事業が必要でした。
そこで生かしたのが、炭鉱用資材で培ってきた膜材の加工技術です。
送風管という製品は必要とされなくなっても、膜を加工する技術そのものは残っている。
その技術をテント倉庫へ転用し、その後、公共施設や大型膜構造建築へと領域を広げてきました。
地域産業が縮小したとき、その市場と一緒に企業の技術までなくす必要はありません。
「何を作ってきた会社なのか」ではなく、「何ができる会社なのか」を考え直す。
山口産業の事業転換は、その重要性を示しています。
「地方だから情報がない」なら、外へ取りに行く
――佐賀県多久市から技術力を高めていく上で、地方ならではの難しさはありませんでしたか?
やはり情報は少なかったですね。
多久にいるだけでは、膜構造建築の新しい情報がたくさん入ってくるわけではありません。
そこで、テント関連の組合、構造関係の業界団体、オーニング関係の協会、海外の膜に関する団体など、いろいろなところへ参加しました。
そこで情報を集めるだけではなく、人とのつながりもできました。
「佐賀の多久に大型テントを扱える会社がある」
と知ってもらうことで、そこから仕事につながったこともあります。
地方にいることで情報や顧客との距離が遠くなるなら、自分たちから外へつながればいい。
会社を都市部へ移すのではなく、
拠点は地域に残したまま、知識・人脈・市場との距離を縮める。
そこで得た情報や技術を多久の会社へ蓄積し、全国の仕事へつなげてきました。
地方企業が専門性を高める上で、一つの参考になる考え方です。
自社だけでは思いつかない。「外から発想を入れる」MEMBRANE LAB.

――MEMBRANE LAB.では、大学や異業種との共同プロジェクトも行っていますね?
私たちは設計から鉄骨、膜の加工、施工まで一貫してできることを強みにしてきました。
ただ、自分たちだけで考えていると、どうしてもこれまでの経験の中からしかアイデアが出てこないんですよね。
そこで、大学や異業種の人たちから、
「膜でこんなことできない?」
というアイデアをもらい、それを新しい技術や商品につなげています。
MEMBRANE LAB.は、山口産業が長年培った膜技術に異業種の知見を掛け合わせ、新しい事業領域へ挑戦するためのプロジェクトです。
その一つが、膜材の端材を活用したアップサイクルです。
膜材は高い耐久性や機能性を持つ一方で、複数の素材を組み合わせているため、単純なリサイクルが難しいという課題があります。
山口産業では年間約100トン規模の廃棄膜材が発生していました。
そこで、自分たちから最も遠い分野の一つであるファッションの知識を借りました。
学生やデザイン分野の人たちに膜材を渡し、新しい価値へ変えてもらう。
そこから、建築用膜材にプリーツ加工を施したバッグなどが生まれています。
これは単なる端材活用ではありません。
自社にない技術を外から借りるだけではなく、自社にはない「発想」と「販路」を生み出す。
既存技術の新しい用途を見つける上で、異業種連携にはそうした役割もあります。
万博で使った膜を佐賀へ。建築を「使い切る」から「もう一度使う」へ

山口産業の膜技術を象徴する取り組みの一つが、2025年大阪・関西万博です。
同社はクウェート館をはじめ、計14施設の膜構造に携わりました。
そして、万博が終わった後もプロジェクトは続いています。
山口産業が製作を手掛けたクウェートパビリオンの一部は佐賀県へ寄贈され、多久市の佐賀県立産業技術学院へ移設工事が進められています。(2026年11月完成予定)
膜構造は軽量で、解体や再構築という選択肢を考えやすい建築でもあります。
大阪で多くの人を迎えた建築が、イベント終了後に廃棄されるのではなく、これからものづくりを学ぶ学生たちの身近な場所に残るのと共に、
地方企業が全国・世界で得た技術や実績を残して、次の人材育成へつなげる。
建築物そのものの再利用と、技術の地域還元が重なった取り組みと言えます。
膜という技術を軸に「まずやってみる」。
――これほど新しい分野へ挑戦できる会社の風土は、どのように生まれたのでしょうか?
山口産業では、「まずやってみよう」というのが基本です。
お客さんから「こういうものを作れないか」と言われたとき、やってみないと分からないものもあります。
だから最初から断るのではなく、まず挑戦してみる。
社員が新しいことへ取り組むことに対しても、それを止めるような風土ではありません。
そうでなければ、新しい商品はなかなか生まれません。
一方で、何でもやろうとしているわけではありません。
レストランや介護事業のように、まったく違う分野へ進出しようとは考えていません。
これからも中心に置くのは「膜」です。
畜舎。
陸上養殖。
防災。
ファブリックファサード。
万博パビリオン。
一見すると、まったく違う事業に見えます。
しかし中心にある技術は、すべて膜です。
挑戦する市場は変えても、自社の強みは変えない。
だから新しい市場へ進んでも、これまで蓄積した設計、製造、施工、膜加工の技術をそのまま次の挑戦へ使うことができます。
次は、地域のどんな課題を「膜」で解決できるのか
――最後に、まだ膜構造を使ったことがない地域企業や一次産業の方へ伝えたいことはありますか?
最近は、テントではできないものはほとんどないんじゃないかと思っています。
もちろん建築物なので、何でも簡単にできるという意味ではありません。
ただ、「テントだから風に弱い」「雪に弱い」「暑い」「簡易的なもの」というイメージだけで、最初から選択肢から外してほしくないですね。
膜材も技術もかなり進化しています。
「こういう施設を作れないか」という話があれば、まず気軽に相談していただきたいと思っています。
山口産業がこれまで広げてきたのは、単に「膜製品の種類」ではありません。
膜を使って解決できる課題の範囲です。
畜産現場の施設をどうつくるか。
陸上養殖の事業コストをどう抑えるか。
農産物をどう保管するか。
暑くなる建物をどう守るか。
災害時にどう素早く空間をつくるか。
イベント後の建築物をどう再利用するか。
従来の方法だけを前提にすれば、それぞれ別々の問題に見えます。
しかし、「軽く、強く、柔軟に空間を包める」という膜の特徴から考えると、同じ技術が複数の地域課題へつながっていきます。
炭鉱用送風管から始まった膜加工技術は、テント倉庫へ姿を変え、畜舎や陸上養殖施設をつくり、万博のパビリオンを形づくるまでになりました。
そして、その先の用途はまだまだ可能性が広がっています。
地域の現場で、
「今のやり方では高すぎる」
「もっと早くつくれないか」
「暑さをなんとかできないか」
「こんな施設があったらいいのに」
という課題が生まれたとき、
「それ、膜でできないだろうか?」
と考えてみる。
そこから、これまでになかった「膜」の使い方が生まれるのかもしれません。

企業プロフィール
| 企業名 | 山口産業株式会社 |
|---|---|
| 所在地 | 佐賀県多久市多久町3555-120 |
| 代表者 | 山口 篤樹 |
| 事業内容 | 膜構造建築物、産業用テント倉庫、公共・商業施設、農業・畜産施設、防災関連製品等の設計・製造・施工 |
| 取り組み開始時期 | 1972年(創業)〜現在 |
| WEBサイト | https://membry.jp/ |

